会社のお金は、銀行口座に預けておけば安全なのでしょうか。
近年、企業の担当者が詐欺にだまされ、多額の資金を送金してしまう事件が報じられています。こうした問題は、担当者個人の注意力だけで防げるものではありません。
経理部や財務部がどれだけ慎重に業務を行っていても、巧妙なメールや、上司・取引先になりすました指示によって、正規の送金手続きが悪用される可能性があります。
大切なのは、「担当者が気をつけること」だけに頼らず、間違った送金や不正な送金を防ぐ仕組みを会社全体でつくることです。
この記事では、経理・財務の実務という視点から、会社のお金を守るために考えておきたいポイントを整理します。
まず考えたいのは「誰が送金できるのか」
会社のお金を守るうえで、最初に確認したいのは、銀行口座からお金を動かす権限です。
たとえば、次のような状態になっていないでしょうか。
・一人の担当者が、振込先の登録から送金、承認まで行える
・高額な送金でも、一人の承認だけで実行できる
・銀行のログイン情報や認証情報を複数人で共有している
・担当者が変わっても、以前の権限がそのまま残っている
こうした状態では、担当者のミスや不正、詐欺による被害が、そのまま送金につながるおそれがあります。
そこで重要になるのが、業務を一人で完結させない仕組みです。
① 振込先の登録と送金の承認を分ける
たとえば、新しい取引先への支払いを考えてみましょう。
担当者が取引先の銀行口座を登録し、そのまま送金まで実行できる場合、誤った口座情報が登録されても、途中で気づけない可能性があります。
そのため、可能な限り、次のように役割を分けます。
・担当者:請求書の確認、振込先の登録、支払データの作成
・承認者:支払内容、振込先、金額の確認
・送金権限者:所定の承認が完了した送金の実行
会社の規模によっては、すべての役割を別々の人にすることが難しいかもしれません。
その場合でも、高額な送金や新規振込先への送金については、別の担当者による確認を必須にするなど、できる範囲で牽制を働かせることが大切です。
② メールやチャットの送金指示を、そのまま信用しない
詐欺では、経営者や上司、取引先になりすまして、緊急の送金を指示する手口が使われることがあります。
たとえば、次のような連絡です。
「至急、この口座に送金してください」
「極秘案件なので、ほかの人には確認しないでください」
「通常の承認手続きは後で行います」
相手の名前やメールアドレスが本物らしく見えても、それだけで指示が正当だとは判断できません。
特に、急がせる指示や、通常の承認手続きを省略させる指示には注意が必要です。
振込先の変更や臨時の高額送金を指示された場合は、メールへの返信だけで確認を済ませず、登録済みの電話番号など、別の信頼できる連絡手段を使って本人に確認します。
「指示を受けたこと」と「指示が正しいこと」は、別の問題です。
③ 高額送金には、金額に応じた承認ルールを設ける
すべての支払いを同じ手順で処理する必要はありません。
通常の少額支払いと、会社の資金繰りに大きな影響を与える高額送金では、必要な確認の水準を変えることが考えられます。
たとえば、次のようなルールです。
・一定額以上の送金は、複数人の承認を必須にする
・新規の振込先には、初回送金前の追加確認を行う
・通常と異なる金額や頻度の送金は、理由を確認する
・緊急送金であっても、承認手続きを省略しない
・送金後に、銀行明細と承認記録を照合する
金額の基準は、会社の規模や資金量、取引の性質に応じて設定します。
重要なのは、承認者が形式的にボタンを押すだけにならないことです。誰に、いくら、何のために支払うのかを確認できる仕組みにする必要があります。
④ 銀行口座の権限と認証情報を管理する
送金ルールを定めても、銀行口座の権限管理が不十分であれば、十分な効果を得られない可能性があります。
確認したいのは、次のような点です。
・利用者ごとに適切なログインIDを設定しているか
・送金、承認、口座情報変更の権限を必要な範囲に限定しているか
・パスワードやワンタイムパスワードなどの認証情報を共有していないか
・退職者や異動者の権限を速やかに削除しているか
・登録済みの振込先や利用者権限を定期的に見直しているか
また、銀行が提供する複数承認、送金限度額、通知機能などを利用できる場合は、自社の運用に合う設定を検討します。
担当者が不正な指示にだまされてしまった場合でも、権限や限度額によって被害を抑えられる可能性があります。
⑤ 不自然な取引を早く発見できるようにする
送金前の確認だけでなく、送金後のモニタリングも重要です。
たとえば、次のような取引には注意を向けます。
・通常よりも大幅に高額な送金
・これまで取引のない相手への送金
・短時間に繰り返される送金
・普段とは異なる国や口座への送金
・承認記録や請求書などの根拠資料が不足している支払い
すべての取引を人の目だけで確認することが難しい場合は、銀行の取引通知や会計システムのレポートなども活用できます。
ただし、通常と異なる取引だからといって、必ずしも不正とは限りません。取引の背景や根拠資料を確認し、必要に応じて関係者に照会することが大切です。
⑥ 「おかしい」と思った人が、送金を止められる会社にする
仕組みを整えても、現場で疑問を感じた人が相談できなければ、十分に機能しません。
たとえば、担当者が「いつもと違う送金指示だ」と感じても、上司からの指示だからと遠慮してしまうことがあります。
そのため、会社として次のような方針を明確にしておくことが重要です。
・不自然な指示を受けた場合は、確認のために送金を保留できる
・上司からの指示であっても、定められた承認手続きを守る
・疑問を報告したことを理由に、担当者を不当に責めない
・詐欺が疑われる場合の連絡先や対応手順を決めておく
送金を急ぐことよりも、正しい送金であることを確認する方が重要な場面があります。
「念のため確認したい」と言える環境も、会社のお金を守るための内部統制の一つです。
⑦ 万が一、誤送金や不正送金が起きたら
もし不正な送金に気づいた場合は、原因の調査だけに時間を使わず、被害拡大を防ぐための対応を優先します。
一般的には、次のような対応が考えられます。
・直ちに銀行へ連絡し、送金の停止や組戻しなどが可能か確認する
・社内の責任者、財務部門、必要に応じて法務・情報セキュリティ部門へ報告する
・メール、チャット、請求書、承認履歴、銀行取引記録などを保存する
・状況に応じて警察などの関係機関へ相談する
・被害の経緯を整理し、再発防止策を検討する
送金後に資金を回収できるかどうかは、状況によって異なります。疑いが生じた段階で、できるだけ速やかに銀行などへ連絡することが重要です。
まとめ|会社のお金は「人の注意力」だけでは守れない
会社のお金を守るためには、担当者が慎重に業務を行うことも大切です。
しかし、それだけでは、巧妙な詐欺や誤操作を完全に防ぐことはできません。
大切なのは、次のような仕組みを組み合わせることです。
・振込先の登録と送金承認を分ける
・高額送金や新規振込先には追加確認を設ける
・メールやチャットの指示を別の手段で確認する
・銀行口座の権限と認証情報を適切に管理する
・不自然な取引を早く発見できるようにする
・疑問を感じた担当者が送金を止め、相談できる環境をつくる
内部統制は、担当者を疑うための仕組みではありません。
人は間違えることもありますし、巧妙な詐欺にだまされることもあります。だからこそ、誰か一人の注意力に頼らず、間違いや不正が起きにくく、起きても被害を抑えられる仕組みをつくる必要があります。
経理・財務部門に求められるのは、数字を正しく記録することだけではありません。会社の資金が適切に管理され、安全に使われるように支えることも、大切な役割なのです。


コメント